エビデンスベースト・コーチング(Evidence-Based Coaching)
心理学など関連分野の研究知見を土台に、実践者自身の専門性とクライアントの状況・価値観を踏まえて進めるコーチングの立場のこと。
どういう意味か
エビデンスベースト・コーチングとは、関連分野の研究知見を土台に置いてコーチングを行う立場を指します。Anthony M. Grant らを中心に、コーチング心理学の発展とともに整理されてきた考え方です。
医療のエビデンスベースト・プラクティスと同様、次の3つを統合するものとして説明されます。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 研究知見 | 心理学・行動科学などで検証されてきたこと |
| 実践者の専門性 | コーチ自身の訓練と経験による判断 |
| クライアントの文脈 | 本人の価値観、状況、好み |
重要なのは、研究知見だけで決まるわけではないという点です。3つ目が欠けると、研究では有効とされる手法を、目の前の人の状況を無視して当てはめることになります。1つ目が欠けると、個人の経験談だけが根拠になります。
なぜこの立場が必要か
コーチング業界には、明確な国家資格や統一された参入基準がありません。そのため、どんな手法でも「効果がある」と主張して提供できてしまう構造があります。
Grant は、コーチングを支えるエビデンスの強さを見分ける枠組みを提示し、単なる事例報告や提唱者の主張と、統制された研究による知見を区別する必要性を論じています。実務者に求められるのは、自分が使っている手法がどの水準の根拠に支えられているかを把握しておくことです。
一方で、コーチングの効果研究は蓄積が進んでいるものの、対象や介入内容の多様さ、比較群の設計、報告バイアスなど、方法上の課題も指摘され続けています。「研究で効果が証明された」と単純化して語ることは、この立場が最も避けようとしている態度です。
実務でどう使うか
- 使っている手法の出どころを言えるようにしておく
- 効果を語るときに、研究知見・実践知・自分の経験を区別して話す
- 合わない相手には、その手法にこだわらない
- 新しい手法を取り入れる前に、根拠の水準を確認する
質問例
クライアントに向けた問いというより、実践者が自分と契約相手に向けて確認する問いになります。
- 「この進め方を選んだ理由を、相手に説明できますか?」
- 「いま話しているのは、研究でわかっていることですか、私の経験ですか?」
- 「この方法はあなたの状況に合っていますか。合わないと感じたら教えてください」
- 「これまでに試して、うまくいったやり方は何かありますか?」
3つ目は、クライアントの文脈という要素を実際の対話に組み込むための問いです。手法をあてがう関係ではなく、一緒に選ぶ関係になります。
注意点
「エビデンスベースト」という言葉自体が宣伝文句として使われることがあります。名乗るだけでは中身は担保されません。実際に何の研究を土台にしているのかを説明できるかどうかが分かれ目です。
また、根拠を重視する姿勢が、目の前の人の語りを軽視する方向に働かないよう注意が必要です。研究は平均的な傾向を示すもので、個々の人に必ず当てはまるわけではありません。
効果量や成功率といった数値を、条件の説明なしに引用しないでください。研究の対象・期間・比較群が変われば結果は変わります。分からないことは分からないと伝えるほうが、この立場に沿った態度です。
参考文献
- Grant, A. M. (2016). What constitutes evidence-based coaching? A two-by-two framework for distinguishing strong from weak evidence for coaching. International Journal of Evidence Based Coaching and Mentoring, 14(1), 74-85.
- Stober, D. R., & Grant, A. M. (Eds.). (2006). Evidence Based Coaching Handbook. Wiley.
- Palmer, S., & Whybrow, A. (Eds.). (2019). Handbook of Coaching Psychology (2nd ed.). Routledge.
